みなとのギョギョっと食べやさい

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旬の魚-summer-

ハモ(鱧/歯魚)の上手な選び方と料理方法ハモ(鱧/歯魚)の上手な選び方と料理方法


ハモ(鱧/歯魚)の上手な選び方と料理方法ポイント1〜3
ウナギ、アナゴに似ていますが
「ハモ」という名前の語源は、ハモが鋭い歯で捕食する際の「はむ(食む)」、「はむ(咬む)」から「歯魚(はも)」と呼ばれるようになりました。釣り上げられて水から出ても手当たり次第に噛みつきます。ハモの口には両あごに鋭い歯が2~3列あり、エサの魚などを捕まえたら絶対に離さないようになっています。また、前方に犬歯があるので、口を完全に閉じることができません。ウナギ、アナゴに似ていますが、鋭い歯を持ち、気性の荒さや獰猛さがウナギなどと大きく異なり、エサも魚類、エビ、カニだけでなく、イカ、タコまで食べます。
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脂がのっているハモは、骨が柔らかく身も甘いです
関東では一般的には馴染みの少ないハモですが、関西では庶民の味です。一般的にハモは大きなものはメスで脂が乗っており美味ですが、小さな60センチ以下の青みがかったものはオスであまり美味しくないといわれています。頭が小さく全体にふっくらとしていて、尾にしっかりと丸みがあるものは脂が乗っているハモです。触ってみて、腹が固くないハモを選ぶようにしましょう。腹が固い場合、小型魚を丸呑みしている可能性が高く、胃袋の内容物が腐敗しやすいからです。骨切りしたものを買う場合、肉厚で身に透明感があり、弾力があるものがおススメです。
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麦わらダコに祭りハモ
ハモは「梅雨の水を飲んで美味になる」といわれ、梅雨時期の6~7月頃、産卵前の時期が一度目の旬を迎えます。大阪では「泉州タマネギが出たら、ハモも出る」という言葉があり、玉ねぎの収穫期、収穫後干して味が良くなってきた時、泉州沖でハモがとれ始めるといいます。大阪ではハモと玉ねぎで「ハモすき」をします。京都の八坂神社の祇園祭の時期、祇園祭は7月いっぱい続く長い祭で「ハモ祭」ともいわれます。二度目の旬は産卵後、10月~11月頃冬眠に備え、食欲旺盛な時期です。脂が乗り、腹皮を黄金色に輝かせ、「黄金ハモ」とよばれます。

ハモのおいしい食べ方ハモのおいしい食べ方


ハモはは捨てるところがない。

ハモはは捨てるところがない。ハモと言えば、ハモ落とし(ハモちり)、焼きハモ、押しずし、きゅうりもみ、天ぷら、土瓶蒸し、ハモしゃぶなどが定番です。ハモは捨てるところがありません。浮き袋、胃袋、卵、肝臓、皮、中骨まで利用されます。特に10~11月のハモは「松茸ハモ」と言い、松茸と一緒に土瓶蒸しに入れたり、鍋に入れてしゃぶしゃぶにしたりします。


  • 重たいハモ包丁の自重を使い、「しゃりっ しゃりっ」と骨切りをします。一寸(約3.3cm)に24回が理想と言われ1尾の骨切りで600回程度、包丁を入れます。重たいハモ包丁の自重を使い、
    「しゃりっ しゃりっ」と骨切りを
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    理想と言われ1尾の骨切りで
    600回程度、包丁を入れます。
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  • 大阪の天神祭、東京の神田祭とともに、日本三大祭のひとつ京都の祇園祭りは別名「ハモ祭り」と言われるように、ハモは関西の夏を代表する味です。大阪の天神祭、東京の神田祭とともに、
    日本三大祭のひとつ京都の祇園祭りは
    別名「ハモ祭り」と言われるように、
    ハモは関西の夏を代表する味です。
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  • ハモが箱の中でひらがなの「つ」の字を書く様子を「つの字ハモ」といいます。「つ」の字にすることで身も締まります。ハモが箱の中でひらがなの「つ」の
    字を書く様子を「つの字ハモ」と
    いいます。「つ」の字にすることで
    身も締まります。
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  • 京都の錦市場は、国内外からの多くの観光客であふれ、ハモ串などの食べ歩きが人気。京都の錦市場は、国内外からの多くの
    観光客であふれ、ハモ串などの
    食べ歩きが人気。

ハモの豆知識ハモの豆知識


「京都のハモは山で獲れる」

「京都のハモは山で獲れる」 魚の行商人が瀬戸内から魚の入った桶を担いで京へ向かう途中、山崎の辺りで峠を越える時に、うっかり桶を落としてしまい、中に入っていたハモが散乱します。ハモを拾い集めて桶に戻すのですが、取り逃がしたハモを農民が見つけて拾うとまだ生きていたので、そんなことから「京都の鱧は山で獲れる」と言われていたのです。京でよく食べられる魚は、若狭のサバや小鯛、そして瀬戸内から運ばれてくる魚の数々ですが、昔は冷蔵・冷凍技術などありませんでしたから、若狭で獲れたサバも塩で締めて運んでいました。瀬戸内の明石からも魚は運ばれてきましたが、ハモは夏の暑い時期でも桶に海水を入れておけば、京へ運ぶことができたほど、とても生命力の強い魚でした。そのハモのずば抜けて強い生命力が、京都名物の夏のハモになりました。
昔、ハモは小骨の多さゆえ、そのままでは食べられず、叩いてすり身にしていたのではないかと考えられています。ハモの骨の数は1匹あたり約3,500本あると言われており、中骨を抜いてから「骨切り」は京都の料理人の考案とされていますが、「骨切り」が出来る一人前になるのに10年かかると言われています。江戸時代には「豆腐百珍」などの料理本がブームになり、「海鰻(はむ)百珍」も出版され、100種類以上ものハモの料理法が載っていて、骨切りにも言及されています。